43.「ペットのお葬式」~縁というものは~
「縁」は、人と人だけにあるものではなく、人と犬、人と鳥、
そして動物同士の間にも生まれるものだと思います。
「どうして、この子だったんだろう」
「なぜ、あのタイミングで出会ったんだろう」
そんなふうに思う出会いがあるからです。
これは「ペットの葬儀」の後によく思う事のひとつのようです。
初対面なのに昔から知っているような気持になったり、
言葉を交わしていないのに不思議と心が通じる。
スピリチュアルな考え方の中には、今の家族は昔も何かの縁で繋がっていたとかも言います。<br>
又、見たこともない、初めて行った場所なのに、<br>
記憶の底に見覚えがあるような景色だと感じる。<br>
魂は魂を覚えているとも言います。<br><br>
懐かしいとか妙に近い存在に感じる相手というのは
前世で何かの縁があったのかもしれないです。
私たちは「ペットのお葬式」のご縁でそういう何かの縁で引き寄せられたように
手元に来たと思うという感想も又よくお聞きします。
以前、こんなお話をしてくださった方がいらっしゃいました。
その方は、ペットショップで一匹の動物と出会いました。
たくさんの子たちがいる中で、なぜかその子だけが気になったそうです。
その子の自分を見る目が、どこか懐かしく感じられた。
「初めて会ったはずなのに、ずっと前から知っているような気がしたんです」
そうおっしゃっていました。
ご自身も懐かしく思え、又その子も懐かしそうな目で見てくるので、
思わず連れて帰ってきてしまったそうです。
そして、その出会いが、その方の人生を大きく変えていったのです。
その方は、幼い頃にお母様を亡くされ、長い間、苦労をされてきたそうです。
母親から受ける愛情を十分に知らないまま、大人になり、人生の大半を過ごしてきた。
だから、「愛情とは何なのか」ということさえ、よく分からなかったのだが、
葬儀が終わったのちに、
「この子は、もしかしたら私の母親の生まれ変わりなのかもしれません」
「母を早くに亡くして、私はずっと母に愛されたという実感を持てずにいました。
でも、この子が来てくれて、初めて愛情というものがどんなものなのか分かった気がします。
母がこの子になって、もう一度私のところへ帰ってきてくれたのかもしれません。
そして、この子を通して母から愛というものを教えてもらったんだと思います。
幼い私は母を見送った記憶もありません。
今この子を見送る・・・大人になった私が母を見送る事ができ幸せです・・・。」
嬉しいときも、悲しいときも、ただ寄り添ってくれる。
その小さな命から、たくさんの愛情を受け取ったことで、
「愛するということは、こういうことなのかもしれない」
と、初めて感じるようになったそうです。
その言葉を聞いたとき、私は「ご縁」というものについて、
改めて考えさせられました。
私たちには、出会いの理由が分からないことがあります。
なぜ、数え切れないほどの動物の中から、この子だったのか。
なぜ、あの日、あの場所で出会ったのか。
なぜ、その子を見た瞬間に、心が動いたのか。
もしかすると、それは私たちの頭では分からない、
もっと深いところでつながっているご縁なのかもしれません。
つづく
