34.「ペットロス」~亡くなったその時、私は、ほっとした・・・Ⅰ~

大阪市内でのペット火葬のご縁の方からのお手紙がきました。誰にも言えない気持ちを誰かに伝えたくてという出だしのお手紙でした。内容は・・・
私、あの子を見送った時、ほっとしたんです。悪い飼い主ですよね・・・。すごく悲しかったのも、辛かったのも本当です。この世にこんな悲しい事が起きるんだなとも思いました。両親が亡くなった時の、何倍も悲しかったのに、息を引き取ったあの子を見た最初の気持ちが、ほっとした気持ちだったという事です。
もう一度なでたい、玄関の戸を開けたら駆け寄ってきてくれて、抱きしめた感触をもう一度味わってみたい・・・。なのに・・・最初に思った事といえばほっとした事だったと・・・。そうやって毎日、悲しみながら、毎日、自分を責め続けているという内容のものでした。
この方は二年ほどワンちゃんの介護生活が続いた方でした。やがては来る、別れへの恐怖と毎日闘っていたそうです。オシッコも排便も自力では難しくなっていて、早く楽にしてやってほしいとも毎日考え、そして一日でも長く生きてほしいとも又、毎日考えていたそうです。
このお手紙は、とても深いところにある「介護をしてきた人だけが抱えやすい罪悪感」が表れていると思います。こういう思いで苦しんでいる人は決して少なくはないと考えます。
私もそれを乗り越えた経験者の一人です。あの日、私が返した内容を同じ思いで苦しまれている方の救いになればとここに記します。
きっと書くことさえ、とても勇気のいることだったのではないかと思います。
「あの子を見送った時、ほっとした」同じ思いで、苦しんでいる方・・・
その気持ちを、どうか「悪い飼い主だった」という理由で、ご自身を責めないでください。
闘病している子も、年齢を重ねて介護が必要になった子も飼い主さんは「一日でも長く生きてほしい」と願う日もあれば、「早く楽にしてあげたい」と思う日もある。
その二つの気持ちは、決して矛盾していません。
大切に思っていたからこそ生まれた気持ちなのだと思います。
そして、長い闘病や介護の日々を終えた瞬間に、「この子はもう苦しまなくていいんだ」
「この子はもう頑張らなくていいんだと」
「私も、もう頑張らなくていいんだと」
さまざまな思いが入り混じり、いろいろな感情が湧いてくることがあります。それは、あの子が亡くなって嬉しかったということではなく、むしろ、ずっと苦しんでいる姿を見てきたからこそ、お互いが、その苦しみから解放されたことへの安堵だったのではないでしょうか。
大切な人を失った時、人の心はいつも一つの感情だけになるわけではありません。
「悲しい。」「寂しい。」「会いたい。」
もっと何かできたのではないかと、今更ながら思ってしまう。そして・・・ つづく

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