31.ペットの安楽死~大切な治療のひとつ~Ⅰ
幸せな思い出がたくさんできる犬猫との出会い、そして必ずある別れ・・・。
十分に生きて、健康で歳を重ねて穏やかに亡くなる子もいれば、壮絶な闘病をした結果に亡くなる子もいます。
一緒にいる今の、この時間をなるべく伸ばしたいと思うのも、同時に苦しい思いを続けさせたくないと思うのも家族の愛情です。愛する子の病状が進み、獣医師から、
「よく頑張りました。でも、これ以上は手の施しようがありません」
そう告げられた時。
そして、その先の選択肢として「安楽死」が提示された時。
あなたなら、どうしますか?
安楽死の是非については正解というものが、あるのかどうかも、私には分かりません。
ただ、私は一度、その選択をしたことがあります。
私はラブラドールレトリバーと暮らしていた時期がありました。12年間と二ヶ月、生きてくれました。この犬種で12年は決して短いものではなく、最後に看取ってくれた獣医より「大往生です。よく頑張ってくれました。りっぱでした。」という言葉を頂きましたが、「安楽死」を選んだのは私で、あの子の命を終わらせたのも私だと、その罪悪感は想像以上に重く、私は深いペットロスに陥っていきました。
あの時、もしも別の選択をしていたら、後一日でも長く生きられたのではなかったのか・・・。そんな「もしも」を何度も考えました。
10年以上経った今、長い年月の中で少しづつ考えが変わり、あの選択は間違いではなかった。
あの子の命を奪ったのではなく、あの子が最後に苦しむ時間を、一時間でも早く終わらせてあげるための決断だった。そう思えるようになったのです。
愛しているからこそ、決めなければいけない時がある。・・・そう実感しています。
「安楽死」という言葉だけを聞けば、とても冷たく、残酷なものに感じるかもしれません。けれど、愛する家族が苦しんでいる姿を目の前にした時、
「一日でも長く生きてほしい」
という願いと、
「一秒でも早く苦しみから解放してあげたい」
という思い。
その二つは、どちらも同じ「愛」から生まれているのだと思います。
だから、安楽死を選んだ自分を責めることも、選ばなかった自分を責めることも、私は違うなと思っています。その家族にしか、当人にしか分からない時間があり、苦しみがあり、正解はないと思います。
偶然このブログに出会い、あの時の私と同じように自分がこの子の命を終わらせてしまったと苦しんでいる方がいるのなら少しだけ心を開いて聞いてください。
「あなたが下した決断は、命を終わらせる為の勝手な決断では決してありません。」何故なら最後までその子の苦しみを自分事のように感じ、考えた家族としての最良の決断だったのです。あの苦しみから最後に救ったのは誰でもない貴方なのです。
安楽死とは・・・つづく
